思い出は美しく。
ラモラモラモーンズ。
今日は早めの日記だ。
どうせネタもないんだからいつも通り
好きに書いたらいいんだ。
みなさん。こんにちは。ひつじいぬくんです。
今日はちょっと気分を変えて
キャロル・キングのつづれおり
を朝から聴いていた。
最近ひつじいぬくんは昔の作品もいいけど
やっぱり僕等は新しい奴等に希望を見るべきなんじゃないかと
思って
新しいのをじゃんじゃん買っている。
えぇ、単なるバカですよ。
でも、こうやってキャロル・キング聴いていたら
やっぱり凄いと思ってしまう。
↑
いや、みんな普通に思ってるって。
何度聴いても凄いものは凄いんだ。
でも思うのはどれもLOVEな曲ばかりだってことだ。
一部違いますけど。
もし同窓会なんかで何年振りかに集まったとして
女性は(たぶんですけど)愛を語るけど
男が語るのはいつまでたっても友情だ。
別に何年ぶりに会わなくたっていい。
女性が複数集まれば自然と恋だの愛だのの会話になる。
男はバカみたいに友情の話しになる。
そう。
男っていうのはいつまでたっても変わらない。
女性が年齢とともに精神的にも大人になっていくけど
男は年齢を経ても
その過去と出会ったとき
↑
こういう表現が正しいとは思えないけどニュアンスってことでお願いします。
その精神はあの頃に戻ってしまう。
あの頃の甘酸っぱい気持ちに戻るんじゃない。
その時はあの頃になってしまう。
そしてあの頃になる傾向は
その過ごした時間が子供の頃であればあるほど
強くなる。
なぜかって?
初めての体験っていうのは思い出に残りやすいんじゃないか。
子供の頃の体験はどれも新鮮で
時間というエッセンスが
それを磨き上げ
自分の中に残りつづける。
それは男も女も一緒じゃないかって?
そうです。同じです。
でも女性の場合ここに恋が関わってくることで
第3者の介入により
それがあの頃の思い出になってしまうんじゃないだろうか。
でも男にとって
介入してくる第3者は
目の前に現れた思い出を共に下
フレンドそのものである。
まぁ、とりあえず書いててわけわかんなくなってきたので
止めます。
↑
きゃ〜書き逃げよ!書き逃げ!最低ね。
要は友情ってのは最高だってことです。
愛はずっと一緒にいたいと思う気持ちだったり
この人を守ってあげたいって気持ちだったりするけど
友情っていうのは守るんじゃない。
戦うってことだ。
困難に立ち向かうときすぐそばにいて
共に立ち向かっていくものなんじゃないだろうか。
いわゆる攻めだ。
だから男の友情は殴って固まる。
攻めているというこに変わりがないからじゃないか?
なんて
さらに余計にわからなくなってきたので
本当にもう止めます。
つまり
なにが言いたいかって言うと
ジョン・ウーは天才だったってことです。
あぁ、もう完璧にダメだ。
もっとちゃんと考えてから日記は書いたほうがいいと思いました。
マッチョ!マッチョ!言ってる場合じゃないですね。
ていうかなんか本当に反省してきた。
でも消さない。
あぁ〜っはっはっはっは!
やりたい放題が枕言葉のひつじいぬくんでした。