十字路の悪魔。

とぼとぼとぼと帰る毎日。

特に楽しいこともない。

僕の人生もうダメだと思っていた。

そんな日が続く毎日。

夜道をとぼとぼと家へと続く道を歩いていると

家のひとつ前の

そう、ちょうど十字路のところに薄っすらと人影が見える

ちょっと、どきどきしながら歩いていると

その人影が、

あぁ、それをなんて表現すればいいんだろう?

今までに聞いたことのないような音が僕の頭の中に響いてきた。

低く篭ったようなその音が

その人影に近づくにつれ、それが笑い声だと

だんだんわかってきた。

僕は恐る恐るだけど、その人影のほうを見ていた。

そして、その人影のちょど前に(驚くことに本当に目の前に来たとき)

人影は顔を上げて、その目と僕の目が会ってしまった。

その人影は男だった。

しかも、このクソ熱いのにビシッとスーツを着た黒人だ。

帽子を目深に被っていて、表情はわかりづらいのだが

(しかも、なぜか・・記憶だからかもしれないけど、ひどくぼんやりしていた気がした)

ただ、そのぎらついた、いや、ざらついたと言ったほうがいいのかもしれない

瞳だけがひどく印象的だった。

「くっくっく。」

男は僕の目を見ながらまだ笑ってた。

「久しぶりだな、俺に気づく奴は。」

なんで黒人がしゃべる言葉がわかったのかは今でも不思議だ。

僕だって、若干の英語を知っているからとかそんな度合いじゃなく

なんていうか、わかるというより感じるというほうが近いのかもしれない。

「少しおしゃべりしようじゃねぇか。さっきも言ったが久しぶりなんだ。」

僕は立ち去ってもよかったんだけど

なぜかそのざらついた瞳が気になって離れられなかった。

「俺はこうやってお前みたいのが来るのを待ってるんだ。
 別にお前を待ってたわけじゃない。俺はいつだってこうしてるんだ。
 だが、誰も俺に気づきゃしないんだ。はは。おかしいだろ。
 俺はいつだって、こうやってるんだ。待ってるんわけなんだがな。
 うん?そう考えれば俺はお前を待ってたのかもしれないな。
 はは。だとしたら・・・。」

男は突然考え出したように、数分の間だまりこんでいた。

僕はじっと男の次の言葉を待っていた。

男は思い出したように、また話し始めた。

「そうだ、この前は、あれは…どこだ?うん?
 あぁ、すまない。お前の前のやつを思い出したんだ。
 そいつもかなり変な奴だったよ。
 俺はあいつが好きになったんだ。だから、俺はあいつに・・・。
 いや・・・なんでもない・・・。
 ・・・一つ聞いていいか?お前は俺がなにに見える?」

僕は素直に答えた。目のざらついた黒人だって。

男は少し戸惑った顔をしたが、すぐに何事かに気づき

また「くっくっ」と笑いはじめた。

「そうか、そういうことか。こいつは面白いな。
 お前にはそう見えるのか。ははは。
 ・・・ふふふ・・・。お前が気にいった。俺の正体を教えてやるよ。
 俺は悪魔なんだ。はは。おかしいだろ。悪魔なんだぜ。
 面白い。面白くなってきたぞ。
 なぁ、なんかお前俺と契約してみないか?なんだって叶えられるんだぜ。
 前の、あいつは、なんか地味なこと言ってたな。
 たしか・・・が・・・りたいだかなんとかな。」

(・・・部分は意識がぼんやりしていてよく思い出せない。)

僕は、すぐに決めかねていた。

叶えたいことなんて、何もなかったし、あったとしても言うべきほどのことでもない。

会えていうなら、もっと・・・いや、やめておこう。

そんな僕を見ていた男は突然驚いたような顔をして

また笑い始めた。

「はは。なんだこれは?こいつ気づいてないのか?
 おい、どうやら俺はお前と契約はできないらしいな。
 あはは。なんてことだ。
 久しぶりに面白いことになるかと思えば、まさかこんなことだとはな。
 しかも、自分じゃ気づいてないときている。
 ははは。なんていうんだ、これ?
 滑稽?そう実に滑稽だ。」

僕がなんのことかわからず、男をじっと見ていると

男は、可笑しそうに笑いながら答えた。

「本当に気づいてないのか?あはは。おかしな奴だな。
 なんだ。答えていいのか?・・・そうだな・・・そのほうが面白い・・・。
 ・・・ふふふ・・・可笑しいか?俺はもっと可笑しいぞ。
 久しぶり会った奴が、まさか自分と同じだなんてな・・・。
 あははは・・まだ気づかないのか?
 お前はそんな面をしているが、俺と同じクソッタレの悪魔じゃねぇか。
 驚いたか?俺のほうがもっと驚いたさ。まさか、こんなところで会うなんてな。
 あんまりにも上手く人間の面をしてたから気づかなかったが
 その目だけは消せなかったな。
 なんてクソッタレな瞳をしてやがるんだ。
 久しぶりに見たぜ、そんな反吐がでそうな目をしてる奴はな。
 俺が反吐がでるくらいなんだから、相当お前の目はいかれてるぜ。
 どうりで、俺に気づくはずだ。あれだな、類は友を呼ぶってやつだな。」

男は、そのざらついた目で僕を見ながら、嬉しそうに笑っている。

僕は、男の言ってることを理解できなかった。

ただ、男の目は一層ざらつきを増した気がする。

「ふっ。まぁ、いいさ。
 そういうわけだからお前とは契約できないな。
 そうだろ?悪魔が悪魔と契約なんて聞いたことがないだろ。
 それに、お前には契約なんて必要ないしな。
 お前の思うとおりに進んでるはずだぜ。
 最高にクソッタレな方向にな。
 そうだろ?お前だってそれを望んでるんだろ?
 なんだ?まだわからないのか?
 はは。こいつはいい。どこまでも可笑しな奴だ。
 ・・・さてと、ここにいても、もうしょうがねぇな。
 あっ?お前がいるんだ。俺はここにいる必要はないさ。
 それに、十分楽しませてもらったしな。くっくっく。
 じゃぁな、また会おうぜ。」

そう言い残して、男は暗闇の中へ消えていった。

僕は、男の後ろ姿を呆然と眺めていた。

十字路の片隅に立ちながら・・・。